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2018 謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

さて、池上本門寺では、1月1日午前0時より、厄除け開運のご祈祷を行っております。

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2018年1月1日 | コメントは受け付けていません。 |

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御霊宝のお風入れ式

本日10月29日は、池上本門寺境内の霊宝殿にて『お風入れ式』が行われました。

『お風入れ法要』は予定通り、厳かに執り行われ、その後『お風入れ式』となりました。

さて、この霊宝殿ですが、現在は施設そのものが展示スペースとなり、毎月のように展示物の入れ替えがあります。

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2017年10月29日 | コメントは受け付けていません。 |

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2017 お会式

今年もいよいよお会式の季節がやってまいりました。

日蓮聖人が、ご入滅なされた日(亡くなられた=祥月命日)日は、10月13日です。

弘安5年(1282年)、今から735年前のこと。

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2017年10月1日 | コメントは受け付けていません。 |

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松葉谷法難会

日蓮聖人が、文応元年(1260年)7月16日に、鎌倉幕府五代執権北条時頼に「立正安国論」を提出しました。

その内容が当時すでに起こっていた地震や異常気象、疫病や飢餓が、法然をはじめとする念仏教や禅教などの邪教に起因するものだと、厳しいものでした。

それだけに、幕府へ宗教政策の転換(法華経を正法とする)を促すものでした。

政治の当局者をいさめる行為。

時頼は、事を荒立てるのを嫌い、聖人の予言・警告を無視しました。

しかし、幕府上層部の念仏信徒が、聖人の暗殺を企てたのです。

当時、聖人は、今でいうところの神奈川県鎌倉市にある松葉谷に草庵(後の法華堂)を構えていました。

文永8年(1271年)の龍ノ口法難までの約18年間、布教活動のための起居の場所でした。

ところが、「立正安国論」提出から約1か月後の8月27日に、上層部にそそのかされた念仏信徒(浄土教信者)によって草庵を夜間襲撃され、焼き討ちされたのです。

これをもって「松葉谷法難」と呼びます。

奇跡的に、聖人は、下総国中山に避難しました。

しかし、長くとどまってはおらず、しばらくは下総の土地で布教したのち、翌弘長元年(1261年)5月に、また草庵に戻りました。

その後すぐ5月12日に「伊豆法難会」が起こってしまうのです。

しかし、聖人は「法華経」の中で予言していた「法華の持経者は、しばしばところを追い出され、自分の住む寺から遠く離れることになるであろう」ですので、苦難に屈することはありませんでした。

8月27日は、日蓮聖人の徳を偲んで、法要を行っています。

11時から法要。

13時から法話が、松葉谷法難会として池上本門寺大堂で営まれます。



池上本門寺ウェブサイト>年間行事

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2017年8月25日 | コメントは受け付けていません。 |

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御霊宝御風入れ式は7月25日

毎年7月25日に、大堂下大広間を会場として、年に一度の本門寺御霊宝御風入れ式が行われます。

本門寺に格護されている日蓮聖人直筆の大曼荼羅大本尊はじめ、本門寺開基檀越の池上兄弟(宗仲公・宗長公)に聖人が書き与えられた「兄弟抄」(重要文化財)や、昭和20年4月の戦災空襲の中から奇跡的に難を免れた宝物を虫干しする儀式のことを、お風入れと呼びます。

今は、しまっていて黴臭くなったり虫がついたりというようなずっとなにかの中に入っていることもなくなりましたが、季節的にカラッとした風を通すことが文化財を守るという慣習なのです。

一般参詣者にも公開されます。

さて。

日蓮聖人と池上本門寺と、池上兄弟には切っても切れないお話があります。

兄弟は、熱心な真言律宗の父親の元に、生まれました。

しかし、日蓮宗の信徒となった兄・宗仲は父親に二度勘当されています。

けれど、信仰をすてることなく、弟の宗長を勧誘し、のちには勘当までした父親も、日蓮宗に入信しているのです。

1282年9月18日、師であるお聖人様が病気治療のために常陸国へ旅する途中、武蔵国池上郷(現:東京都大田区池上)にあった、兄弟の居館(池上邸)に滞在し、10月13日にお聖人様は、そこで入滅したのです。

お聖人様七回忌の際、宗仲公は日蓮六老僧の一人・日朗と協力して日蓮の御影像を造りました。

像の胎内には日蓮の遺灰を入れた銅筒がおさめられています。

この御影像を安置したのが池上本門寺なのです。

宗仲公は、日蓮入滅後、館やその周辺の土地を寺に寄進し、寺領としました。

この寄進地が池上本門寺の基礎となりました。

その中でも、彼の居館は日蓮入滅の霊場として重要視され、長崇山本行寺(池上本門寺の院家)となっています~1276年に、家の持仏堂を法華堂に改め本門寺の基盤にしたところ。

そんな池上兄弟にまつわる宝物も見ることができるかもしれません。

いずれもが、歴史の中で繰り返された戦火を乗り切って現存する貴重品、かつ文化財です。

是非、拝観なさってみてください。

また、その年によって見られるものが違うので、毎年楽しみに拝観される方々も多くおられます。

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2017年7月11日 | コメントは受け付けていません。 |

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