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菊花展

池上本門寺の菊花展が始まると、「秋が来たな」と思うのは、私だけでしょうか。

池上の町が、菊の上品な香りで包まれてしまうようです。

短期間のお祭りではなく、約1か月の期間のある菊花展ですから、出店やイベントなどの特に賑やかなことはほぼないです。

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2017年9月27日 | コメントは受け付けていません。 |

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おそうじの会

池上本門寺では、毎月第2・4水曜日の午前9時40分から11時まで「おそうじの会」が催されています(午前8時30分時点で雨天の際は中止です)。

最初は、お坊さんと職員だけで始めたものでしたが、今では、檀信徒だけではなく、大勢の「お掃除し隊」になりたいみなさんの参加があります。

掃除をしたところが、キレイになるという実利と同時に、なんとも言えない清々しさが味わえるのです。

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2017年9月7日 | コメントは受け付けていません。 |

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お彼岸の「お中日(おちゅうにち)」とは

さて、秋のお彼岸の季節がやってまいりました。

2017年の期間は、9月20日(水)から、お中日の23日(土)を挟んで、26日(火)までの7日間です。

「彼岸(ひがん)」とは本来、煩悩を脱した悟りの境地のことをいいます。

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2017年9月1日 | コメントは受け付けていません。 |

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松葉谷法難会

日蓮聖人が、文応元年(1260年)7月16日に、鎌倉幕府五代執権北条時頼に「立正安国論」を提出しました。

その内容が当時すでに起こっていた地震や異常気象、疫病や飢餓が、法然をはじめとする念仏教や禅教などの邪教に起因するものだと、厳しいものでした。

それだけに、幕府へ宗教政策の転換(法華経を正法とする)を促すものでした。

政治の当局者をいさめる行為。

時頼は、事を荒立てるのを嫌い、聖人の予言・警告を無視しました。

しかし、幕府上層部の念仏信徒が、聖人の暗殺を企てたのです。

当時、聖人は、今でいうところの神奈川県鎌倉市にある松葉谷に草庵(後の法華堂)を構えていました。

文永8年(1271年)の龍ノ口法難までの約18年間、布教活動のための起居の場所でした。

ところが、「立正安国論」提出から約1か月後の8月27日に、上層部にそそのかされた念仏信徒(浄土教信者)によって草庵を夜間襲撃され、焼き討ちされたのです。

これをもって「松葉谷法難」と呼びます。

奇跡的に、聖人は、下総国中山に避難しました。

しかし、長くとどまってはおらず、しばらくは下総の土地で布教したのち、翌弘長元年(1261年)5月に、また草庵に戻りました。

その後すぐ5月12日に「伊豆法難会」が起こってしまうのです。

しかし、聖人は「法華経」の中で予言していた「法華の持経者は、しばしばところを追い出され、自分の住む寺から遠く離れることになるであろう」ですので、苦難に屈することはありませんでした。

8月27日は、日蓮聖人の徳を偲んで、法要を行っています。

11時から法要。

13時から法話が、松葉谷法難会として池上本門寺大堂で営まれます。



池上本門寺ウェブサイト>年間行事

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2017年8月25日 | コメントは受け付けていません。 |

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8月4・5日 みたま祭・盆踊り

毎年、8月4日5日には、池上の町に祈りと盆踊りの音楽があふれます。

池上本門寺大堂では、先祖代々の精霊、戦死病没、風水災害や交通事故名地殉難の精霊など、また日頃供養を受けることの少ない無縁の精霊に対して、経木塔婆に戒名、俗名をお書きして追善供養とする「みたま祭り」のお勤めを両日行います。

それは、仏さまの前では平等であり、分け隔てなく仏の道に歩んで行けるようにとの願いが込められています。

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2017年7月30日 | コメントは受け付けていません。 |

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