「ワンデイセレモニー」に異議有り。

近年全ての儀式が簡略化される傾向にあります。

例えば結婚をする場合でも、結納式が当然の様に行われ時代がありましたが、今はかなり簡略化され、全く結納をしないというケースもたくさんあります。

核家族化が進みそれが普通となる中で、儀式そのものの意味が薄れ、意味の無いことをやっても仕方ないので「やらない」というケースが増えている様に思います。

そんな流れは人生最後の儀式とも言えるお葬式にも押し寄せています。

まずお通夜ですが、お通夜の告別式化が進んでいる現状があります。

本来の通夜は遺族が死者を囲む死者との最後の密な時間が通夜でした。

通夜は一般的に自宅安置が基本で、枕飾りをしてお寺の住職に枕経をあげてもらい朝まで線香を絶やさずに、死者の側に寄り添う最後の一時でした。

その親密な時間を過ごした後、一般の参列者が訪れる告別式がありました。

しかし現在では、通夜が告別式化して一般の参列者が大勢訪れます。

仕事の休みをとらなくて済む通夜は一般の人にとっても参加しやすいのがその要因の一つだと思われます。

それは最もだとしても、最近の葬儀社が打ち出しているものに「ワンデイ セレモニー」というものがあります。

通夜と告別式の区別が無くてって来ているのだから、いっそのこと一つにまとめてしまおうというのが「ワンデイ セレモニー」のコンセプトだと思われます。

しかしどうでしょう?

もう二度と亡くなったその人の通夜や葬儀は行われないのです。

一生に一日儀式を省略したからといって、何か得したりするものでしょうか。

そして本当に意味の無い儀式なのでしょうか。

それは金銭の問題だという人もいるでしょう。

それはごもっともです。

しかし、家族の死を「ワンデイ セレモニー」にまで省略してしまうことに私は抵抗があります。

家族の死は自分の生を見つめ直すチャンスでもあると思ってみて下さい。

それはある意味どこでも学ぶことのできない貴重な勉強の機会でもあるかも知れないのです。

省略するのは“たった”一日なのかどうか、もう一度よく考えてからでも遅くない選択ではないでしょうか。

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2012年12月4日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:現代終活考

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